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*小さな私の想うこと。

  • 2011/04/13 08:48
  • Category: 雑記
先日ここで呼びかけをさせて頂いた、被災地へ送る絵本ですが、本当に沢山の方にご協力のお申し出を頂き、昨日姉さんと一緒に無事に地福寺さんへとお届けにあがることが出来ました。



冊数をきちんと数え上げることもできないくらいばたばたしてましたので、ちゃんとした数はまだ把握出来ていないのですけれど、段ボール箱にして11箱ほどお届け出来ました。

それぞれに70~100冊くらい入っていましたので、少なく見積もっても800冊はあったかと思います。

今回の呼びかけに対して多くの方にご賛同いただき、それぞれに頂いた言葉、温かい気持ちで快く大切な絵本を託して頂いた想いを、本当にありがたく思っています。








地福寺さんへ伺って、しばし整理を。対象年齢別に絵本を再度仕分けます。

折れ曲がってるものや、少し落書きがあるものはよけて、できるだけきれいにつめてゆきます。



想いだけでなく、今まで通りの日常という幸せを届けてあげることが出来たならどんなに良いだろう。

こんな小さな祈りでは、現実の悲しみを拭えない。

この絵本を手に取る小さな子供達の心に深く刻まれた悲しみを思うと、言葉がありません。



政府は、子供の年間被曝許容量を既存の数値の20倍である20ミリシーベルトに引き上げるそうです。年に400回胸部レントゲンを撮影するに等しい数値だそうです。

今までの限度数値を遥かに上回るこの数値が、子供達の未来に何が起こることを意味するのでしょうか。



最初はレベル4だと言っていた今回の原発事故も、今やレベル7へ。



安全です、大丈夫ですと政府も、保安院も、東電も言い続けてきましたけど事態は深刻化する一方。風評被害、デマの流布に注意を、なんて言ってるけれど、これは「安全デマ」という名の風評被害にはならないのでしょうか・・・?



私にはわかりません。

ただ、一人の国民として抱き続けているとても大きな疑問・・・。



「この国は、何を守ろうとしているのだろう?」



何の力も持たない私が守りたいのはただひとつ。

これからのこどもたちの未来です。



でも、彼らが守りたいものは、それ以上の価値のあるものなのでしょうか?

原子力発電というものは、人間の命をリスクにさらしてまでも大切なものなのでしょうか?



どうしても、わからないのです。



本当に安全ならば、どうしてこんな危険なことが起こっているのでしょう?



予想外で、想定外だった。ごめんなさい。でも、原子力発電所は廃止にしない。今ある原発も止めるつもりはない。平然とそう言えることに鳥肌が立ちます。



福島以外の原発54基も、福島以上に地震で影響のある場所に存在しています。

もし余震でこれらにも同じことが起こったら・・・??

福井の美浜原発で同じことが起きたら、私たちの住む場所もあっという間に危険区域にのみこまれるでしょう。



チェルノブイリを超える事態と首の皮一枚で繋がっている今この瞬間。

福島第一原発にはチェルノブイリを遥かに上回る量の放射性物質がまだ眠っています。

もし、冷却に失敗し、メルトダウンをして、最悪の水蒸気爆発が起これば、あの事故を何倍も超える放射性物質が拡散されます。



テレビの専門家も、東電も、再臨界はしていない、メルトダウンは起こらない、と言いつづけてています。



けれど最初から、「これはチェルノブイリ事故を超える可能性すらある、早く手を打たねば」と指摘してきたジャーナリスト達や、危険を示唆してきた世界の専門家と、「安全だ、超えることはない」と言い続けて、徐々に事態を悪化させてきた政府や御用学者、それのみしか報道しない日本のメディアと、どちらが本当に信用出来るのでしょう?



あの1986年に原発事故を起こしたチェルノブイリ近郊の20~25歳の人口は他世代に比べて圧倒的に低く、生きている人もチェルノブイリネックレスと呼ばれる甲状腺がんの手術跡を首元にもっています。

奇形の子供が3人に一人生まれ、稀な骨癌患者、成長障害・・・数えきれない多様の原因不明(といわれる)障害に悩まされている人々が存在する地域は、まだ沢山あります。



見えない恐怖と悲しみは次の世代にまで連鎖しています。



今、この国の政府に、電力会社のトップに、そして原子力発電所を選択肢に入れる全ての人々に、聞いてみたい。



「自分の子供、孫にもチェルノブイリネックレスをつけさせる覚悟がおありですか?」



私には、火を見るより明らかです。

こどもたちを苦しめるくらいなら、他の選択肢がどんなに困難であっても、彼らを救う方法を選べる大人でありたいのです。



今この恐ろしい事態に、一人一人がこれからの自分のあり方、生き方を考える岐路に立たされているのではないかと思えてなりません。



私には、今、自分が、家族が、友人が、ここに生きていることすら奇跡だと思えてなりません。



とても重苦しいエントリーになりました。

私のブログに癒しを求めにきてくださってる方、楽しみにいらしてくださっている方には、思わぬエントリーに少しつらいお気持ちにさせてしまったかもしれません。



けれど、日本人として、一人の人間として、私は今書くべきことを考えていました。

そして、私にとってとても大切なことなので、エントリーにあげました。



皆さんいろんな想い、お考えがおありのことと思います。

ただひとつ、大切なことは、「学び、考えること」だと思います。自分の頭で、自分の正義と、自分の想いに正直に、いろんな情報の中から、科学的で論理的な事実を選びとり、考えることです。



日常を過ごしながら、「非日常」を考えるということです。

お酒を呑み、美しいものを目にし、心許せる友人と過ごし、そして、自分たちの国がさらされている脅威に目を背けないこと。いつでも、心の準備をしておくこと。



真実はひとつ。必ずそれぞれおひとりおひとりの中にあります。

どうぞそれを大切に。目の前の大切な人々を守ってくださいね。



そろそろごはん日記も再開させて頂きましょう。

撮りためてある写真でいつのものかわからなくなってきてます。笑





最後に、この歌を。ミュージシャンとしての彼のストレートな意思表示に敬服。

再生回数とんでもない数字ですね。すごいな。









今日も、春の陽気でしょうか。きらめく光が私にはあまりに眩しいです。


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